S.榊原さん、始めましてになりますね。以後よろしく。
奉仕報告についての疑問点、というか改善要望を拝見しました。
物事を数値化することは、さまざまなバロメータになりますのである程度は必要だと思います。その際には、明確な根拠に基づく数値化が行われるべきだし、客観的に判断できないのであれば意味がありません。JWは、「数値化されたもの」が参考ではなく、『基準』になっています。しかも、その基準が地域や監督者(長老)によって異なることが問題でしょう。もっとも、関東と関西で多少異なる程度ならばいいのですが、隣りの会衆との基準が異なる場合、時間に苦しめられている兄弟姉妹はやりきれない思いになることでしょう。A会衆では奉仕時間一桁でも「僕」になれるのに、B会衆では年に数回の補助開拓としての実績が必要。となれば、B会衆に在籍している兄弟が仕事を調整して毎月20時間の奉仕報告をしていても評価(「僕」への推薦)されないならば、やる気をなくしても何ら不思議ではありません。よね?(個人的には、全時間の仕事をして20時間の奉仕は頑張っていると思われる)
時間的・精神的にギリギリの生活で成果が上がらない場合、失望感がでてきます。なんていうか、けっこう昔に「目!」で「燃えつき症候群」みたいな記事がありましたが、現在の現役JWこそが「燃えつき状態」なのではないでしょうか。
さて、そこで「市民権」を得られない(「特権」という形で評価されない)人たちはどうなるか、ここ(ぶた)に来ている人たちを見れば多くを語る必要はないですよね。
ある人の言葉を借りれば、
「個人と神との関係が重要なのであれば、奉仕時間・立場(伝道者・兄弟・開拓)などは関係ないはずである」と。
まったく同感です。
奉仕報告についての疑問点、というか改善要望を拝見しました。
物事を数値化することは、さまざまなバロメータになりますのである程度は必要だと思います。その際には、明確な根拠に基づく数値化が行われるべきだし、客観的に判断できないのであれば意味がありません。JWは、「数値化されたもの」が参考ではなく、『基準』になっています。しかも、その基準が地域や監督者(長老)によって異なることが問題でしょう。もっとも、関東と関西で多少異なる程度ならばいいのですが、隣りの会衆との基準が異なる場合、時間に苦しめられている兄弟姉妹はやりきれない思いになることでしょう。A会衆では奉仕時間一桁でも「僕」になれるのに、B会衆では年に数回の補助開拓としての実績が必要。となれば、B会衆に在籍している兄弟が仕事を調整して毎月20時間の奉仕報告をしていても評価(「僕」への推薦)されないならば、やる気をなくしても何ら不思議ではありません。よね?(個人的には、全時間の仕事をして20時間の奉仕は頑張っていると思われる)
時間的・精神的にギリギリの生活で成果が上がらない場合、失望感がでてきます。なんていうか、けっこう昔に「目!」で「燃えつき症候群」みたいな記事がありましたが、現在の現役JWこそが「燃えつき状態」なのではないでしょうか。
さて、そこで「市民権」を得られない(「特権」という形で評価されない)人たちはどうなるか、ここ(ぶた)に来ている人たちを見れば多くを語る必要はないですよね。
ある人の言葉を借りれば、
「個人と神との関係が重要なのであれば、奉仕時間・立場(伝道者・兄弟・開拓)などは関係ないはずである」と。
まったく同感です。