なぜお役所的になるか。自分の中に、明確な基準をもてないので、機械的になってしまう(そうせざるを得ない)。個人的な人格と、その人の仕事の仕方(官僚的?)。たとえ、その人が家庭でよき父や母や子供であったとしても、業務のシステム上、官僚的にならざるを得ない。だとすれば、官僚的な応対する兄弟姉妹たちのことを個人的に知れば知るほど組織上の矛盾に気づくことになりますよね。個人としてはいいひとなのに、組織の提案に従うときは冷たい、と。組織と同様に個人個人もダブルスタンダードってことになりますね。
蛇足になりますけど、役所も、JWもシステム的に致命的な欠陥があるとしか思えません。自治体で実施しているように、「市長や知事への手紙」のように、「統治体・支部への手紙」をつくって、改善していかないと、ますますおかしくなっていくように思います。
なんせ、統治体や支部委員は年配者が多いですから、若者のことなんてちっとも考えてませんからね。
蛇足になりますけど、役所も、JWもシステム的に致命的な欠陥があるとしか思えません。自治体で実施しているように、「市長や知事への手紙」のように、「統治体・支部への手紙」をつくって、改善していかないと、ますますおかしくなっていくように思います。
なんせ、統治体や支部委員は年配者が多いですから、若者のことなんてちっとも考えてませんからね。