昼寝するぶた 掲示板過去ログ:#2443

昼寝するぶた

ここでは、昼寝するぶた掲示板の過去ログを並べています。

No.2443 Re:改めて,今頃遅レスなんですが、 投稿者:サムソン 投稿日:2003/03/05 15:10     
長文の返信、深謝です。

しかし、難しい。。。最初は、???の連続でしたが、何回か読み直して少しずつ分かってきました。本にして出版されたらどうでしょうか?インターネットで読むにはちょっと骨がありすぎる、という気がするのですが。実際に関わってきた人にとってはもっとよく分かるのかも知れませんが。
草刈氏についてですが、検索してみると、確かにかなり怪しい人物のようですね。
以下、稚拙ながら私なりに感じたことを述べさせていただきたいと存じます。

> 一方,監禁業界へ流出して使われているものみの塔出版物はほとんどI村氏のもの
なのですが(特徴的な下線が入っているでしょ),「元超大物長老」を自負する彼でさ
え時には私が「???」と思うようなことを平気で言ったり書いたりしています。
> その資料を使う監禁カウンセラーたちの少なくとも一部は,正常な教会運営をする
ことに失敗した実績からJW専門の脱会ビジネスに「落ちて」きた,牧会者としては
二流の人種です。

I村氏もたいした玉ではないということですね。まあ牧師というのも一種の職業です
から、いろいろあるのでしょうけど。エリートサラリーマンとダメサラリーマンがいるように。。。(?)

> 彼らはまた統一協会を相手にするだけの根性と勇気が無いからこそJWを専門に
扱っている,という面が少なからずあって,カルト・カウンセラーとしても二流です。

それでは、統一協会を相手にしている教会やカウンセラーのほうが骨があるというこ
とですね。私の知っている教会関係者は、統一協会やモルモンはたいした玉ではなくて、やはり教理上JWが脅威だ(JWの反論に反論するのが大変)、なんておっしゃっていました。
牧師さんもいろいろな人がいて、「親分はイエス様」なんて映画があるように、裏街道を歩いてきた人もいますから、そういう方ならカルト対策に向いているかもしれませんね。
http://www.hana.or.jp/hana/nitiniti/local/l020606.html

> JWの教義を「いかに論証するか」という見地で真剣に研究してきていれば,監禁
カウンセラーが提示する教義や組織制度の問題点などずっと以前に自身で直面した訳
で,ものみの塔協会の用意した薄弱な反論を自身で補強してより頑強なセルフ・マイ
ンドコントロールを完成していたはずなのです。
> > また他の宗教におけるマイコンとの違いや元日本兵のマイコンなどとの比較も
> ☆マイコンがキーワードになっていることで既にアウト(?)です。
> ハッサンに始まるカルト・マインドコントロール理論は画期的なものなのですが,
一方ではひどく不完全で不十分なものです。
> それは要するにアメとムチで人の精神を支配する手法に,共産圏で実行されてきた
監禁と暴力に依存する「洗脳」だけでなく,放し飼いともいうべき環境で実施される
カルトのマインドコントロールがある,という対比を示しましたが,それゆえアメもム
チも無くなった状況下で存続する思考操作を説明できません。
> 残留日本兵の件は,所属部隊は全滅し司令部との連絡は途絶え,戦争が終結(=軍隊
が消滅→任務も消滅)したことを理解してもなお,ジャングルの奥で潜伏を続けました
し,私はJWになった直後から十年以上にわたって組織内で不当な弾圧を受け続け,不
正に排斥された後はJWによる集団襲撃を受け続けながら丸々6年間復帰の努力を続
ける共に,反JW文書を読まないで通しました。
> どちらの場合も,思考操作の基盤たる人間関係(部隊への所属と作戦行動,JWへの
入信と会衆組織への所属)が崩壊して何の利益も無くなったこと(部隊からの隔絶・弾
薬食料の補給の途絶,会衆組織からの負のサービス[誹謗・中傷,伝道の妨害,文字通り
の殴打等々]を受ける事態)では元の精神状態に戻らなかっただけでなく,不利な状況
に積極的に取り組んだのです。そういう利害関係を越えた次元での人の精神活動は洗
脳〜マインドコントロール理論では説明できません。というより,元々その領域を対
象とした研究ではないのですから。

それでは何か新しい用語や理論が必要ですね。
しかし旧共産圏のスパイも自白せざるを得ない状況に追い込まれて舌を噛み切って死んだ人たちなどもおり(拳銃や首吊りよりもすさまじい勇気がいると思う)、自身の命を絶つという行為が果たしてアメとムチによる洗脳だけでできるものでしょうか?私はやはりそれだけではないと思います。
残留日本兵についても、小野田少尉と横井さんとの相違など興味深いですが、やはり彼らが投降しなかった最大の理由は捕虜として投降することが軍人として最大の恥辱、という
強烈な信念ではなかったでしょうか。
http://www.ffortune.net/social/people/nihon-today/onoda-hiroo.htm
http://www.warbirds.jp/ansq/5/E2000066.html

よく左翼などからは神風特攻隊もマインドコントロールだったといった意見が出てきますが、私には同意しかねます。当時の状況からして、また軍人として、いかにひどい作戦とはいえ、祖国本土に敵軍が迫ってきている状況で、自分自身が盾となってそれを少しでも食い止める、という自己犠牲の精神は間違いなく彼らの心理の中に存在したと思います。靖国神社に祭られる、ということがイスラム過激派やJWの楽園と同じ意味合いを持っていたとも思いません。日本神道ではイスラム教やキリスト教のような極めて現世的な死後の世界など説かないからです。もちろん実際には怖くて無人島に不時着してしまった特攻隊員などもいたそうですが。
多くの特攻隊員の遺書、小野田少尉が天皇・首相との会見を拒否して部下の墓前へと真っ先に向かったことからも分かるように、彼らは天皇・国家などという曖昧で非現実的なものではなく、愛する家族、郷土への思いから戦ったのです。これは他者によるマインドコントロールとは根本的に異なるものだと思います。

キリスト教徒が塩狩峠(三浦綾子)を絶賛して涙する、というなら、祖国のために犠牲となった特攻隊、日本軍人も同じなのではないでしょうか(もちろんそう思わざるを得なかったという状況は否定しません)?
http://midori-church.tripod.com/shiokari/
http://www2s.biglobe.ne.jp/~nippon/jogbd_h11_1/jog080.html
http://www.isc.meiji.ac.jp/~takane/special/kamikaze-1.htm
>「学鷲は一応インテリです。そう簡単に勝てるなどとは思っていません。
しかし負けたとしても、その後はどうなるのです……… おわかりでしょう。我々の命は講和の条件にも、その後の日本人の運命にもつながっていますよ。 そう 民族の誇りにも………」
>文化の創造を志した学徒達の、画一的な軍国主義に矛盾を感じながらも、苦悩を抑えての 「いさぎよさ」の陰に 身をよじって慟哭する父母の悲憤の想いもあったことを 知って戴きたい。
(「雲ながるる果てに」社団法人白鴎遺族会 から)

残留日本兵については単なるマインドコントロールなどというものではなくて、日本古来からある武士道の精神にも通じるものだと思います。現代でも共感する人は多いでしょう。もちろんこの思想のため無茶な作戦や玉砕などで未曾有の犠牲につながったわけですが。。。
その逆に捕虜になってしまった日本兵は魂を抜かれてアメリカ万歳になってしまったとか(戦後の多くの日本国民もそうですが。一般国民は軍人とは違うので。。。)。小野田寛郎氏は将校であったということもあり、軍人としての誇りは横井氏のそれとは比較にならなかったことは容易に想像できます。敗戦時にも多くの将校は屈辱を味わったのではないでしょうか。多くの国民が敗戦に一時はショックを受けながらも軍国主義から解放され豊かなアメリカに支配されることを受け入れていくのとは大きな違いです(もちろんその裏には天皇直々の玉音放送、その天皇が訴追されなかったといったこと等も関係していますが。これも一種のマインドコントロールでしょうね。今となっては皇室は税金の無駄遣いだなんて言う人もたくさんいるくらいですが)。

JW信仰においても、国によっても異なると思いますが、日本人の信者の場合恥の概念が大きく関わるということはあるのではないでしょうか。私自身そうだったように思います。大空の浪人さんの視点は1世のそれで、親の押し付けであったと感じるケースが多い2世のそれとは異なるようにも思います。やはりここまで信じてやってきた宗教を簡単に棄教するなど人間としてあってはならないこと、といった道義心等が強く働いた、というようなこともあるのではないでしょうか(違っていたらすみません。私もそうだったように思うので)。
ゆーじさんが指摘されているように、自分が精魂こめてやってきたことを簡単に放棄、否定できる人(程度の差はあれ)と、そうでない人との性格的相違というものもあると思います。


> それを越えた世界…見える利益が何も無い状況で一人だけで困難な問題に取り組み
続ける人の精神状態は専門外,ということになります(誰にも知られず一人で登山する
人や,競技会に出る気が無いのにマラソン記録に挑むような人は,あまりいませんか
ら)。しかしJWはキリスト教会とは桁違いの熱烈さで旧約聖書に描かれる古代の族
長や預言者たちの活動に注意を引き,それをJW組織に重ね合わせて強調するのです
から,そうした見える利益を越えた信仰の世界に思いを馳せずにいられたとすれば,そ
れはJWとして中途半端,と言わざるを得ません。

JW信仰はそんなに純粋なものになり得るのでしょうか。楽園の希望があればこそではないでしょうか。自分自身が永遠に滅びても− といった自己犠牲の精神は、実はJW信仰にはないのではないでしょうか(キリスト教など他の多くの宗教にも)。この点でWTCに突っ込んだイスラム過激派(アメリカCIAとアルカイダは実は仲間、自作自演なんて陰謀説もありますが。一部否定しにくい部分あり)と大差ないように思います。彼らも死後のハーレムを夢見ていたということですから。
信仰というのは(目に見える)利益がなければ成立しないというならそれは不純でしょう(理想主義かもしれませんが)。見えない利益といっても、現実にJWの組織は存続しているわけですし。JWの信仰というのは良くも悪くも組織を通してのものです。小野田少尉ではないですが、もしものみの塔協会が消滅した、なんてことになっても、その事実をすぐに受け入れられないJWが大半ではないでしょうか。私の誤読ならすみませんが、JW信仰だけがそうであるというのは、多くの宗教信者から反発を受けるのではないでしょうか(程度が激しいということでしょうか。激しい宗教もたくさんありますが)。

言葉でうまく説明できませんが、大空の浪人さんが指摘されるような、利害を超越した信仰に魅了される「一時期」をどこかで通過していなければJWとして中途半端だ、というような意味でしたら私もよく理解できます。私はそのように読みました。けどやはりその状態を補強維持継続していくのはすごく困難です。その信仰を脅かす疑念がいくつも頭をもたげてくるようになるからです。
逆説的ですが大空の浪人さんのようにひどい逆境に置かれているからこそそれが可能になってしまう、ということはよくあることです。1世で親の猛烈な反対を受けている間は燃え上がっていてどんなに反対が激しくても信仰を捨てなかったのに、反対がなくなったとたん間もなく離れてしまった、というような実例はもちろんよくご存知だと思います。ゆーじさんが指摘されているように、そのような一番「燃えている時期」にバプテスマを受けた人は長くつづくがそうでない状態でバプテスマを受けてしまった人は離れやすい、というのはその通りだと思います。周囲の猛反対を押し切って駆け落ちした二人が、親の反対がなくなったとたんに仲が悪くなってすぐ離婚、なんてのと似ていますね。宗教信仰と恋愛は同じようなものだとは昔からよく言われます。
とはいいながら、私はJW信仰であっても他の宗教よりもむしろ相当程度純粋な信仰というものを否定するつもりはありません。また、組織の欺瞞性に気付き愕然としても、大空の浪人さんのご指摘のように自己で論理の補強を行ってきた部分の多くは否定しがたいものが多くある場合が多いと思います。それは個人の価値観・人生観とも密接に関連するもので、人間の尊厳に関わる部分だからです。もちろんこのような視点も1世と2世、個人個人で多くの場合異なると思います。
発言者別リストに戻る
過去ログ一覧に戻る
トップに戻る