昼寝するぶた 掲示板過去ログ:#3566

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No.3566 Re:愛について返信です 投稿者:名無し 投稿日:2003/07/11 23:31     
一言言わせてください。

アガペーの実践の例としてよくマザー・テレサが挙げられますが、穿った見方かもしれませんが、彼女の存在は政治権力によってまでも美化されている面がありはしないでしょうか。
http://www.d2.dion.ne.jp/~yoo1tae5/hitokoto/teresa.html

同じインドにこれも聖人に近い扱いをされるガンジーという人がいましたが、彼はインドの人たちを虐げているその根本原因に対して真っ向から闘いを挑んだために多くの敵を作りました。
また、日本の例を考えてみても、手塚治虫は日本の多くの若者に多大なる影響を与えましたが、彼は国家権力から何らかの賛辞を浴びたでしょうか。私は知りません。彼は自身の漫画で権力を痛烈に批判しているからです。なぜ手塚治虫は国民栄誉賞の候補にもあがらず寅さんのような人畜無害の人がもらうのでしょうか。

またあのインドの劣悪な状況が彼女の存在を際立たせているともいえるでしょう。
マザー自身が言われているように、インドにまで行かなくても、自分の身近な人に親切にすることが大事だと思います。とはいえ、親切心が仇になることもあるし、マザーのような神に献身した人でない一般人にとっては同様のことを行うことはそう簡単ではありません。

特に日本ではまだまだボランティアに対する社会の目や障害者などに対する偏見が根強いと思います。身近で困っていそうな人に対し、ちょっとした親切心を示す、こういった精神は今の日本では明らかに昔と比べて失われているような気がします。「情けは人のためならず」が別の意味で解釈されるようになったのも、社会の現実を反映しているのではないでしょうか。

ある意味では、カルカッタよりも日本でマザーと同じことをしようとするほうがはるかに難しいかもしれません。したとしても、マザーのように大きく取り上げられることはまずないでしょう。

マザーテレサ語録。
http://www.sinbun.co.jp/kenkou/link/mother.html#9
 「愛は家庭から始まります。まず家庭の中で不幸な人を救いなさい。両者が愛し合い、母親が家庭の中心となりなさい。平和とうるおいの家庭が築けたら、隣人を愛しなさい。自分が、自分の家庭が、愛に満たされなければ隣人を愛せません」(1981年
4月、初来日の際)

 「日本人はインドのことよりも、日本のなかで貧しい人々への配慮を優先して考えるべきです。愛はまず手近なところから始まります」(1981年4月、初来日の際)

 「人間にとって最も大切なのは、人間としての尊厳を持つことです。パンがなくて飢えるより、心や愛の飢えのほうが重病です。豊かな日本にも貧しい人はいると思いますが、それに気づいていない人もいるでしょう」(1981年4月、初来日の際)

「日本に来てその繁栄ぶりに驚きました。日本人は物質的に本当に豊かな国です。
しかし、町を歩いて気がついたのは、日本の多くの人は弱い人、貧しい人に 無関心です。物質的に貧しい人は他の貧しい人を助けます。精神的には大変豊か な人たちです。物質的に豊かな多くの人は他人に無関心です。精神的に貧しい人 たちです。
愛の反対は憎しみとおもうかもしれませんが、実は無関心なのです。 憎む対象にすらならない無関心なのです。」

「私たちの最も近いところといえば、それは日常生活の場である家庭であり、 職場であり、学校です。そこで本当の意味で大切にされていない人がいるかもし れません。家庭でご主人は自分の本当のことを奥さんから理解されないで苦しん でいるかもしれません。反対に奥さんは、ご主人から自分の望みを分かってもら えないで悲しんでいるかもしれません。

子供たちも、ご両親から若者の心が理解されないでふさぎ込んでいるかれ知れ ません。ご両親は、こんなにも子供たちを愛しているのに分かってもらえないと 嘆いているかも知れません。お年寄りは若い人から、若い人はお年寄りから理解 されないで、互いに孤独でいるかも知れません。病人は健康な人から、健康な人 は病人から、互いの心が分からずに苦しんでいるかも知れません。職場で同僚の 一人が目上の人から誤解され、同僚からも理解されずに苦しんでいるかも知れま せん。学校で語り合う友だちがなくて、校庭の片隅にたたずんでいる者がいるか も知れません。
私たちの最も近いところに大切にされることを待っている人がい るかも知れません。愛はそのようなところから始まるのです。」

「私たちはたまに会う人に微笑みか けるのは易しいのです。でも毎日会っている人
に微笑むのは難しいです。私もそうです。」

「けさ、私は、この豊かな美しい国で孤独な人を見ました。
 この豊かな国の大きな心の貧困を見ました。」
「カルカッタやその他の土地に比べれば、貧しさの度合いは違います。
 また、日本には貧しい人は少ないでしょう。」
「でも、一人でもいたら、その人はなぜ倒れ、なぜ救われず、その人に日本人は手を
さしのべないのでしょうか。
 その人が飲んだくれだから!
 でも、彼もわたしたちも兄弟です。
 本人はきっと孤独でしょう。
 みなから無視されての……。
 やけ酒かもしれません。」
「私は、短い間しか日本に滞在しないので手を貸してあげるのは、せんえつだと思い、何もしませんでしたが、もし、女の人が路上に倒れていたらその場で、語りかけたり、助けていたと思います。
 豊かそうに見えるこの日本で、心の飢えはないでしょうか。
 だれからも必要とされず、だれからも愛されていないという心の貧しさ。
 物質的な貧しさに比べ、心の貧しさは深刻です。
 心の貧しさこそ、一切れのパンの飢えよりも、もっともっと貧しいことだと思います。
 日本のみなさん、豊かさの中で貧しさを忘れないでください。」
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