> 《私が書き込んだ愛の定義、(愛とは相手の存在を認めること)や自由の考え方について彼のサイトから大きなヒントをいくつもいただいた経験があるのです。彼は真剣に聖書を勉強している数少ないエホバの証人の一人だと思います。ヘブライ語やギリシャ語をまじめに勉強もされていました。》
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> ヤオさんは油注がれてんのに、ネットの情報からでしか「啓示された霊感の言葉」を理解できないんですか? ヘブライ語やギリシャ語読めないと聖書は理解できないんですか?
おことわりしておきます。以前もそのことについて説明いたしました。油注がれるとは、神から任命されたもの、あるいわある目的で取り分けられたものというのが聖書の本当の意味なのです。聖書が全て理解できることとは関係ありません。
私は不思議なことに、統治体のロイドバリーと霊的な戦いをする一人となりました。詳しいことは省きますがそうした器として任命されたと言うことです。
聖書学者たちはどうして油注がれないんでしょうね? エホ証の誰よりも聖書理解してるのに。
どうして油注がれていないと判断できるのでしょうか? その考え方は明らかにエホバの証人の教理を前提に、しかもそれを認めた上での質問ととれるのですが。
組織の教理そんなものに私は何の権威も認めてはいません。誰が本当に油注がれたものかそれは神のみぞ知るというのが本当のところでしょう。少なくともものみの塔統治体の中に現在一人もいないという確率は非常に高いと思います。
なぜならば彼らはイエスキリストから全権を委任されていると称しているからです。それは言葉を入れ替えると自分はイエスキリストだと公に宣言したのと同じ事なのです。これは法律を勉強した方なら理解は早いと思うのですがいかがでしょう。
そう結果として。 自分は偽キリストだと自ら宣言しているのに等しいのです。聖書にはっきりとそのように偽キリストは宣言すると書かれているではないですか。覚えていませんか。実はそれらもロイドバリーが言い出したことのようです。
私は油注がれた残りの者だと証する人たちに何人か実際に会いました。わざわざアメリカから来たある方にも合いどうして自分が油注がれたものと思うかなどを話し合ったこともあります。その結論は本人たちの個人的な信仰体験による....つまり客観的な証拠のようなものはないのです。
しかしほとんどの人は善良な人たちです。本当かどうかを私たちが詮索する必要はないと思います。彼らの信仰にゆだねましょう。しかしロイドバリーについては違います。彼は自分が油注がれたものではないことを自分自身で意識していたと思われる事実がいくつもあるようです。それなのに統治体の一員となったのです。
> ヤオさんは油注がれてんのに、ネットの情報からでしか「啓示された霊感の言葉」を理解できないんですか? ヘブライ語やギリシャ語読めないと聖書は理解できないんですか?
この質問も実にエホバの証人的ともうしましょう。私の愛の定義がネットのどこにあるというのでしょう。また私がいつヘブライ語やギリシャ語が分らなければ聖書を理解できないと言ったでしょうか。そんなことは一言も申しておりません。
しかし、より深く理解するのに原語の知識は大変大きな力となるのは事実です。たとえば貴方の父と母を敬えとあるがこれは約束を伴った最初の命令ですと書かれています。これを日本語の聖書で読んでいても何でこの命令が約束を伴った最初の命令か分らないでしょう。しかし原語で読む人はその意味を何の苦もなく理解するのです。このへんのことは私の過去ログでも読んで理解してください。
そしてその原語の知識を教えてくれたのがポッシブルさんのところだったということなのです。また私はエホバの証人と違って聖書の中で神の言葉と認めるものは、実際にイエスや真の神が発言したとしてその言葉が記録されたものだけを認めています。パウロやその他の使徒たちの手紙も全てを神の言葉として認めていません。
とりあえずこんなところでご勘弁願います。
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> ヤオさんは油注がれてんのに、ネットの情報からでしか「啓示された霊感の言葉」を理解できないんですか? ヘブライ語やギリシャ語読めないと聖書は理解できないんですか?
おことわりしておきます。以前もそのことについて説明いたしました。油注がれるとは、神から任命されたもの、あるいわある目的で取り分けられたものというのが聖書の本当の意味なのです。聖書が全て理解できることとは関係ありません。
私は不思議なことに、統治体のロイドバリーと霊的な戦いをする一人となりました。詳しいことは省きますがそうした器として任命されたと言うことです。
聖書学者たちはどうして油注がれないんでしょうね? エホ証の誰よりも聖書理解してるのに。
どうして油注がれていないと判断できるのでしょうか? その考え方は明らかにエホバの証人の教理を前提に、しかもそれを認めた上での質問ととれるのですが。
組織の教理そんなものに私は何の権威も認めてはいません。誰が本当に油注がれたものかそれは神のみぞ知るというのが本当のところでしょう。少なくともものみの塔統治体の中に現在一人もいないという確率は非常に高いと思います。
なぜならば彼らはイエスキリストから全権を委任されていると称しているからです。それは言葉を入れ替えると自分はイエスキリストだと公に宣言したのと同じ事なのです。これは法律を勉強した方なら理解は早いと思うのですがいかがでしょう。
そう結果として。 自分は偽キリストだと自ら宣言しているのに等しいのです。聖書にはっきりとそのように偽キリストは宣言すると書かれているではないですか。覚えていませんか。実はそれらもロイドバリーが言い出したことのようです。
私は油注がれた残りの者だと証する人たちに何人か実際に会いました。わざわざアメリカから来たある方にも合いどうして自分が油注がれたものと思うかなどを話し合ったこともあります。その結論は本人たちの個人的な信仰体験による....つまり客観的な証拠のようなものはないのです。
しかしほとんどの人は善良な人たちです。本当かどうかを私たちが詮索する必要はないと思います。彼らの信仰にゆだねましょう。しかしロイドバリーについては違います。彼は自分が油注がれたものではないことを自分自身で意識していたと思われる事実がいくつもあるようです。それなのに統治体の一員となったのです。
> ヤオさんは油注がれてんのに、ネットの情報からでしか「啓示された霊感の言葉」を理解できないんですか? ヘブライ語やギリシャ語読めないと聖書は理解できないんですか?
この質問も実にエホバの証人的ともうしましょう。私の愛の定義がネットのどこにあるというのでしょう。また私がいつヘブライ語やギリシャ語が分らなければ聖書を理解できないと言ったでしょうか。そんなことは一言も申しておりません。
しかし、より深く理解するのに原語の知識は大変大きな力となるのは事実です。たとえば貴方の父と母を敬えとあるがこれは約束を伴った最初の命令ですと書かれています。これを日本語の聖書で読んでいても何でこの命令が約束を伴った最初の命令か分らないでしょう。しかし原語で読む人はその意味を何の苦もなく理解するのです。このへんのことは私の過去ログでも読んで理解してください。
そしてその原語の知識を教えてくれたのがポッシブルさんのところだったということなのです。また私はエホバの証人と違って聖書の中で神の言葉と認めるものは、実際にイエスや真の神が発言したとしてその言葉が記録されたものだけを認めています。パウロやその他の使徒たちの手紙も全てを神の言葉として認めていません。
とりあえずこんなところでご勘弁願います。