母親と連絡をとらなくなって久しい。
私としても、その方がありがたい。
困るのが、親戚の意識が
「私と母親はケンカ中」と思われていることだ。
ケンカは仲直りする可能性がある。
でも元JWとJWという超えられない壁を作った以上、
縁が切れた間柄なのだということは、どれほど言葉を尽くしても
理解されることは恐らくないだろう。
そして母親に告げずに旦那になる彼の家に転がり込んだことを
「あれはまずかった」
と指摘することはあっても、理由を考えてはもらえない。
物心つかない子供の頃、心配したり気を使ったりせずに親に甘えて
いたはずの時代はJW2には少ないか、ないと思う。
代わりに親に引っ張られ、従えば楽園、背けばハルマゲドンで死ぬと
選択の余地のない人生の選択肢をかざされ、その年頃の子供では
恐らくよく考えることはないであろう「死」を、表層であろうが潜在であろうが意識せざるを得なかった。
輸血しなければ助からない状況にさらされれば、それはすなわち死を意味した。
死の恐怖は未知のもので、体験者の話は聞けないのでとても怖かった。
今でも旦那が死んでしまったら?と考えると頭が真っ白になり、涙が出てくる。
でも、死は必ずやってくる。それまでに大切な人を、精一杯大切にしようと思う。
宗教にのめりこんで大切なはずだった父を脇に押しのけ、子供の
気持ちに向き合おうとしなかった母のようにはなりたくない。
自分を産み育て身体的な世話を受けた恩が、今の私の気持ちを
ややこしくしている。
私としても、その方がありがたい。
困るのが、親戚の意識が
「私と母親はケンカ中」と思われていることだ。
ケンカは仲直りする可能性がある。
でも元JWとJWという超えられない壁を作った以上、
縁が切れた間柄なのだということは、どれほど言葉を尽くしても
理解されることは恐らくないだろう。
そして母親に告げずに旦那になる彼の家に転がり込んだことを
「あれはまずかった」
と指摘することはあっても、理由を考えてはもらえない。
物心つかない子供の頃、心配したり気を使ったりせずに親に甘えて
いたはずの時代はJW2には少ないか、ないと思う。
代わりに親に引っ張られ、従えば楽園、背けばハルマゲドンで死ぬと
選択の余地のない人生の選択肢をかざされ、その年頃の子供では
恐らくよく考えることはないであろう「死」を、表層であろうが潜在であろうが意識せざるを得なかった。
輸血しなければ助からない状況にさらされれば、それはすなわち死を意味した。
死の恐怖は未知のもので、体験者の話は聞けないのでとても怖かった。
今でも旦那が死んでしまったら?と考えると頭が真っ白になり、涙が出てくる。
でも、死は必ずやってくる。それまでに大切な人を、精一杯大切にしようと思う。
宗教にのめりこんで大切なはずだった父を脇に押しのけ、子供の
気持ちに向き合おうとしなかった母のようにはなりたくない。
自分を産み育て身体的な世話を受けた恩が、今の私の気持ちを
ややこしくしている。