Q&AのHPでもさっきレスしてきたので、こちらでは手短に。
まず、批判と中傷の言葉の意味と、その違いについて辞書で調べた方がいいかもしれません。ほとんどの場合、批判であって、中傷ではないと思われます。
1.エホバの証人は批判しちゃいけないけど、エホバの証人が他の宗教の人を批判するのはOKなのはどうしてですか?
2.批判されるようなことがあるにしても、それを正そうと努力している人々だから批判してはいけない、というのがご主張のようですが、それは都合が良すぎませんか? 批判されるような事実がある、ということにまずは気付いた方がいいです。「不完全な人間なんです」という言葉は免罪符ではありませんよ。
3、組織から抜けようとすれば必ず引き止められる、とのことですが、これは必ずしもそうでもありません。他のキリスト教の神父や牧師さんとメールをしたこともありますが、彼らはこう言ってました。「教会に来なくなる人もいますけど、彼らが必要を感じたらまた来るでしょう。その人の必要な時に私は手伝いが出来ればそれでいいと思います」と。どちらかというと組織を抜けようとするときに引き止めるのは、カルトの特徴の一つです。
4.何をもって客観的というかはその人の主観に関わる問題ですが、少なくとも個々の批判について、それを検証するという作業が出来ていないあなたは私から見れば客観的とは思えません。私の考えに合わせろなどというつもりは毛頭ありませんが、あなたの発言を読む限り、精神的にはまだ信者なのだなぁと思わざるを得ないなぁ、という感想を持ちました。
長文レス失礼しました。
まず、批判と中傷の言葉の意味と、その違いについて辞書で調べた方がいいかもしれません。ほとんどの場合、批判であって、中傷ではないと思われます。
1.エホバの証人は批判しちゃいけないけど、エホバの証人が他の宗教の人を批判するのはOKなのはどうしてですか?
2.批判されるようなことがあるにしても、それを正そうと努力している人々だから批判してはいけない、というのがご主張のようですが、それは都合が良すぎませんか? 批判されるような事実がある、ということにまずは気付いた方がいいです。「不完全な人間なんです」という言葉は免罪符ではありませんよ。
3、組織から抜けようとすれば必ず引き止められる、とのことですが、これは必ずしもそうでもありません。他のキリスト教の神父や牧師さんとメールをしたこともありますが、彼らはこう言ってました。「教会に来なくなる人もいますけど、彼らが必要を感じたらまた来るでしょう。その人の必要な時に私は手伝いが出来ればそれでいいと思います」と。どちらかというと組織を抜けようとするときに引き止めるのは、カルトの特徴の一つです。
4.何をもって客観的というかはその人の主観に関わる問題ですが、少なくとも個々の批判について、それを検証するという作業が出来ていないあなたは私から見れば客観的とは思えません。私の考えに合わせろなどというつもりは毛頭ありませんが、あなたの発言を読む限り、精神的にはまだ信者なのだなぁと思わざるを得ないなぁ、という感想を持ちました。
長文レス失礼しました。