はじめましてデイジーさん。
デイジーさんの書き込みを丁重に拝見させて戴きました。
ありがとうございます。
>その前にわたしはtamaさんが『違和感を覚える』と
>おっしゃっているその気持ちがわかるように感じています。
>『匂い』かな・・・と思いました。
>霊的食物・・という同じ釜の飯を食べたか食べなかったか・・・。
>かな? と。。。
> このあぶさんさんのお気持ちを尊重はいたしますが
>わたしも正直なとこ・・違和感を覚えてしまうのです。
>ごめんなさい。 でも正直な気持ちなのです。
そうですね。「同じ釜の飯」を食べた同士かどうかという
一面では、同士ではないでしょう。しかし、同じ人間とし
て、そして,なりよりも同じようにエホバの証人という組織
によって、愛する子を傷つけられた母親という面では同士
ではないでしょうか。親は子に最善のものをいつどんな時
であろうと与えたいと願う生き物です。それは、今、現在
もエホバの証人を続けている親であっても、その人がよか
れと思われる「最善の事」を子どもに与えていると信じて
生活をしている事も私なりですが理解をしているつもりで
います。
しかし、ご存知のように「エホバの証人」の教えは、親が
子に与える最高質であるべき「情愛」さえも、「エホバへ
の愛」を最優先にする事で組織の利益を謀り、利用をして
、その結果、多くの子どもたちは親の情愛を感じるのはい
つも「エホバというフィルターを一度通ったのちに与えら
れた味の薄い情」だと感じてしまうのではないでしょうか。
私が自分自身が、ある意味では「JW1世」的だと思うのは、
どんな理由であれ、自分の子を「私の子ども」として育成
せずに、「エホバの証人」として育成させることを許した
のです。その時は最善だと思われた選択であったとしても
。私は大罪を犯したのです。
子は親の愛を求め、親は子の愛を求める」これは人間にだ
けにある感情ではなく、生き物の多くが生まれながらに所
有している唯一の真実であり「唯一の愛・無条件の愛」だ
と思っています。これはとても自然なことではないでしょ
うか。
私は「自分が経験したような悲しい思いを他の人たちには
あわせたくない」という気持ちだけでしたが、エホバに対
する悪い感情だけが前に出てしまい本当に伝えたい言葉が
なかなか出てこなかった事も事実のようです。
どうぞお許し下さい。
エホバの証人は、今日も、自分たちの信じているものが本
当はどのようなものなのかを、よく理解できないまま(組
織の教えを疑うことなく)私たちの隣近所をくまなく歩き
、以前までの私の家族のように「ものみの塔」についての
情報を何も持っていない人たちを探しまわっています。
必要以上の時間をものみの塔に費やしたり、本来自分がな
すべき事柄を後回しにしてまでも関わることはできません
が、JWが少しでも活動しにくい土壌を作りたいと思ってい
ます。
「元1世、元2世じゃないからあぶさんには本当の気持ちが
わからない」という問いですが、お一人、お一人の方と同
じ気持ちにはなれなせんが、理解したいと願い、理解しな
いといけない事ではあると感じています。
それから、「被害者の会」へも出向き声を聞き、「元1世の
母の声」も若干ではありますが拝聴させて戴いております。
動きは鈍いのですが、これからも自分なりに何年もかけて、
今現在、自分の手元にある「答え」がどうなのかを考え続
けていきたいと思っております。
「エホバ」の問題のとらえ方は、一人、一人。本当に違う
のだと思います。しかし、「エホバ」の問題は1世、2世
だけの問題だけではなく、私のような母親をつくり出して
しまう元凶でもあることをどうかご理解下さい。
好き、嫌いの問題だけでは片付けられないと感じております。
以上が、自分の今現在のスタンスです。これ以上でも、これ以下でもありません。
デイジーさん、お孫さんのお誕生。 おめでとうございます。
そして、心からのお言葉ありがとうございます。
デイジーさんの書き込みを丁重に拝見させて戴きました。
ありがとうございます。
>その前にわたしはtamaさんが『違和感を覚える』と
>おっしゃっているその気持ちがわかるように感じています。
>『匂い』かな・・・と思いました。
>霊的食物・・という同じ釜の飯を食べたか食べなかったか・・・。
>かな? と。。。
> このあぶさんさんのお気持ちを尊重はいたしますが
>わたしも正直なとこ・・違和感を覚えてしまうのです。
>ごめんなさい。 でも正直な気持ちなのです。
そうですね。「同じ釜の飯」を食べた同士かどうかという
一面では、同士ではないでしょう。しかし、同じ人間とし
て、そして,なりよりも同じようにエホバの証人という組織
によって、愛する子を傷つけられた母親という面では同士
ではないでしょうか。親は子に最善のものをいつどんな時
であろうと与えたいと願う生き物です。それは、今、現在
もエホバの証人を続けている親であっても、その人がよか
れと思われる「最善の事」を子どもに与えていると信じて
生活をしている事も私なりですが理解をしているつもりで
います。
しかし、ご存知のように「エホバの証人」の教えは、親が
子に与える最高質であるべき「情愛」さえも、「エホバへ
の愛」を最優先にする事で組織の利益を謀り、利用をして
、その結果、多くの子どもたちは親の情愛を感じるのはい
つも「エホバというフィルターを一度通ったのちに与えら
れた味の薄い情」だと感じてしまうのではないでしょうか。
私が自分自身が、ある意味では「JW1世」的だと思うのは、
どんな理由であれ、自分の子を「私の子ども」として育成
せずに、「エホバの証人」として育成させることを許した
のです。その時は最善だと思われた選択であったとしても
。私は大罪を犯したのです。
子は親の愛を求め、親は子の愛を求める」これは人間にだ
けにある感情ではなく、生き物の多くが生まれながらに所
有している唯一の真実であり「唯一の愛・無条件の愛」だ
と思っています。これはとても自然なことではないでしょ
うか。
私は「自分が経験したような悲しい思いを他の人たちには
あわせたくない」という気持ちだけでしたが、エホバに対
する悪い感情だけが前に出てしまい本当に伝えたい言葉が
なかなか出てこなかった事も事実のようです。
どうぞお許し下さい。
エホバの証人は、今日も、自分たちの信じているものが本
当はどのようなものなのかを、よく理解できないまま(組
織の教えを疑うことなく)私たちの隣近所をくまなく歩き
、以前までの私の家族のように「ものみの塔」についての
情報を何も持っていない人たちを探しまわっています。
必要以上の時間をものみの塔に費やしたり、本来自分がな
すべき事柄を後回しにしてまでも関わることはできません
が、JWが少しでも活動しにくい土壌を作りたいと思ってい
ます。
「元1世、元2世じゃないからあぶさんには本当の気持ちが
わからない」という問いですが、お一人、お一人の方と同
じ気持ちにはなれなせんが、理解したいと願い、理解しな
いといけない事ではあると感じています。
それから、「被害者の会」へも出向き声を聞き、「元1世の
母の声」も若干ではありますが拝聴させて戴いております。
動きは鈍いのですが、これからも自分なりに何年もかけて、
今現在、自分の手元にある「答え」がどうなのかを考え続
けていきたいと思っております。
「エホバ」の問題のとらえ方は、一人、一人。本当に違う
のだと思います。しかし、「エホバ」の問題は1世、2世
だけの問題だけではなく、私のような母親をつくり出して
しまう元凶でもあることをどうかご理解下さい。
好き、嫌いの問題だけでは片付けられないと感じております。
以上が、自分の今現在のスタンスです。これ以上でも、これ以下でもありません。
デイジーさん、お孫さんのお誕生。 おめでとうございます。
そして、心からのお言葉ありがとうございます。