> 音楽をかけたらちょっとましで、今モーツアルトの交響曲第38番
> ニ長調K.504「プラハ」を聞いています。
☆現役時代の開拓奉仕学校で,死者の生まれ変わりは無いことの裏付けとして「うまれかわるんだったら,『モーツァルトの未完成交響曲』なんてあるはずが無い。生まれ変わって完成させるはずだ」と宣給うたアホ巡回のことを思い出してしまいました。休憩時間に「兄弟,『未完成交響曲』はモーツァルトじゃなくてシューベルトでしょ」って忠告してしまった私はその後数年間に及ぶ奉仕の妨害,それも躁鬱病の未信者の夫をけしかけて王国会館に私を呼びつけて殴らせた事件を含む悪辣な闘争の成果として不正に排斥されることになります。
> ベートーベンはキリスト教っぽいつくりの曲、例えば
> サタンの支配→戦い→楽園
> って作りの曲が多いんです。
☆「苦悩を突き抜けて歓喜に至る」という人生の理念なのでしょうね。ピアノ曲(と言っても私が弾くのは「月光」第一楽章だけですが)
でも,音符一つでもピアノのコンディション(湿度が高いとアクションが戻らなくなる)でスッコ抜けると曲全体が崩壊してしまうような,芸術面の緻密さを痛感します(ショパンなら湿気たピアノでもそれなりに成立する…というような違いがありますね)。
> だから、JWを思い出してブルーになったりするけど、
☆ブルーになる必要は無いのですよ(もちろん,それだけのことでブルーになるみちさんの繊細な感性は大切にしてくださいね)。
元クリスチャン予備軍→JW→クリスチャンという変遷を経た立場で申し上げれば,ベートーベンの感性は当時のドイツ・オーストリアのキリスト教(=ルター派プロテスタント)の感性であって,決してJWの感性ではないのです。
> モーツアルトはいいですよ。
> 今でもベートーベンは大好きだけど。
☆「『死』とは,モーツァルトを聴けなくなるということだ」と言ったのはアインシュタインでしたっけ。私は特にピアノ協奏曲が好きです。内田光子&ジェフリー・テイト/ECO版(+2台用と3台用はラベックしまい&ビシュコフ版)をMP3にして一枚のCDに入れてクルマで聴いています(たまたま,昨日と今日,それを聴きながら走って来ました)。
モーツァルトの音楽の世界は「天国の歌」だとも言われます。みちさんの心にもJWの拘束を卒業した天国が訪れるといいですね。
> ニ長調K.504「プラハ」を聞いています。
☆現役時代の開拓奉仕学校で,死者の生まれ変わりは無いことの裏付けとして「うまれかわるんだったら,『モーツァルトの未完成交響曲』なんてあるはずが無い。生まれ変わって完成させるはずだ」と宣給うたアホ巡回のことを思い出してしまいました。休憩時間に「兄弟,『未完成交響曲』はモーツァルトじゃなくてシューベルトでしょ」って忠告してしまった私はその後数年間に及ぶ奉仕の妨害,それも躁鬱病の未信者の夫をけしかけて王国会館に私を呼びつけて殴らせた事件を含む悪辣な闘争の成果として不正に排斥されることになります。
> ベートーベンはキリスト教っぽいつくりの曲、例えば
> サタンの支配→戦い→楽園
> って作りの曲が多いんです。
☆「苦悩を突き抜けて歓喜に至る」という人生の理念なのでしょうね。ピアノ曲(と言っても私が弾くのは「月光」第一楽章だけですが)
でも,音符一つでもピアノのコンディション(湿度が高いとアクションが戻らなくなる)でスッコ抜けると曲全体が崩壊してしまうような,芸術面の緻密さを痛感します(ショパンなら湿気たピアノでもそれなりに成立する…というような違いがありますね)。
> だから、JWを思い出してブルーになったりするけど、
☆ブルーになる必要は無いのですよ(もちろん,それだけのことでブルーになるみちさんの繊細な感性は大切にしてくださいね)。
元クリスチャン予備軍→JW→クリスチャンという変遷を経た立場で申し上げれば,ベートーベンの感性は当時のドイツ・オーストリアのキリスト教(=ルター派プロテスタント)の感性であって,決してJWの感性ではないのです。
> モーツアルトはいいですよ。
> 今でもベートーベンは大好きだけど。
☆「『死』とは,モーツァルトを聴けなくなるということだ」と言ったのはアインシュタインでしたっけ。私は特にピアノ協奏曲が好きです。内田光子&ジェフリー・テイト/ECO版(+2台用と3台用はラベックしまい&ビシュコフ版)をMP3にして一枚のCDに入れてクルマで聴いています(たまたま,昨日と今日,それを聴きながら走って来ました)。
モーツァルトの音楽の世界は「天国の歌」だとも言われます。みちさんの心にもJWの拘束を卒業した天国が訪れるといいですね。