毎日が夏休み 掲示板過去ログ:#885

昼寝するぶた

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No.885 Re:映画を見た後子供とつぶやく 投稿者:サムソン 投稿日:2003/03/23 13:19      
母親から聞いた話ですが、私の母方の祖父祖母の家は当時で7代くらい続いていた農家で、戦時中も東京とかいろんなところから疎開してきた親戚をたくさん置いていたそうです。いわゆるお人よしというか、当時はまだ姑さんが生きていたのか、その辺の事情までよく確認していませんが、あの火垂るの墓の清太どころではないような、母屋だから世話してくれて当然というような大きな顔をされて、むしろ逆に何も言えずにただ辛抱していたのだと聞きました。

現在では想像することさえ難しいですが、当時は本当に食料がなくてみんな困っていたのです。火垂の墓に出てくる叔母さんが意地悪な人だと今の子供たちが観て単純に感じるのは無理もありませんが、私にはむしろ当然のような気がします。あんなものではないもっとひどい例はいくらでもあったでしょう。
それに一般的に考えてもずっと昔からそうでしたが百姓といえば学もない町人さんからみればずっとレベルの低い人々というような差別意識もあったでしょう。戦時中・終戦直後はとにかく食べ物がなく、相対的に百姓の地位が上がってしまったのです。本来なら自分たちの方が上のはずなのにたまたま戦争になったおかげで嫌々世話にならないといけなくなった、というような意識があったから私の祖母の家に世話になっていた人もその思いが大きな態度になって現れたのではないか、と想像できます。戦後は東京のどこかの大学の先生になったと聞いていますが、戦争が終わって東京に戻って以来一度も来ていないし、向こうもそんな嫌な後ろめたい過去は早く忘れたいのでしょうし私の祖母の側ももう関わりたくないというようなことを聞いたことがあります。

火垂の墓はもともと野坂昭如の半自伝小説が原作ですし高畑勲氏の手腕が如何なく発揮されたとてもリアリティのある作品だと思います。
清太の取った態度も過酷な時代を生き抜くという点からすれば愚かといえばそれまでですが、父親が帝国軍人のそれも上級将校だったというなら納得がいきます。何か物資など得られるコネなどあれば清太を利用したいというように叔母さんが思ったとしても無理も無いでしょうし、もう何もないただの孤児だと分かればただの厄介者にもまして自分たちを見下してきた腹立たしい存在、というように映ったとしても不思議でないように思います。こういう人間関係は現在でもほとんど大差ないように思えます。

でもこうした日本的な人間関係の負の側面をほとんど知らずに来れたならそれに越したことはないと私は思います。いいか悪いかは別にして、今でもこうした古い人間関係がそのままの地方などだとその中で誰かがエホバの証人の信仰を表明し仏事に参加しないなどと言い出そうものなら大変な圧力がかかります。

私の司会者の兄弟など、大学もいいところを出ていて、親父さんが早くに亡くなられてお母さんと妹さんがエホ証になったので実家に戻ってきて自分もエホ証になり、親戚も皆いい人たちで彼らの宗教をとやかく言う人などいなかったそうです。結局自分の身になってみないと分からないものですよ。心の中では結局こんな兄弟に自分の気持ちなんて分かるはず無いよ、っていう思いがずっとありましたね。
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