【このサイトの目的】
辞める人は何も言わずに不活発になって静かに消えて行き、辞めない人は何を言っても絶対に辞めない人達の集まりだから、JW組織がインターネットを見るのは相応しくないと警告すると、それを忠実に守る真面目に信仰している人達はインターネットなんか絶対に見ないので、ものみの塔の公式サイトの存在すら知らない。
周りの人が、ものみの塔の公式サイトの存在を教えたって、「それはサタンの誘いだ」と言い切り、インターネットに接続したパソコンで実際に見せるまでは絶対信じないのがJWという宗教の信者です。
そういう100年以上の伝統がある組織に対して、個人が勝てない喧嘩を売るのは、めんどくさいし疲れるから嫌ですね、 だから私は、自分が正しいと思う事を、自分の出来る範囲で無理をせずに気長にやっていこうと思います。
私は2歳半から母親に強制的にJWを信仰させられて、14歳でバプテスマを受け、15歳の時に審理委員会にかけられて無罪になりそうになり、無理矢理背教に持ち込んで排斥になり、やっとJWから解放された元2世の兄弟です。
元2世達って、自分から宗教を求めてJWに入った訳じゃなくて、親に無理矢理信仰を強制させられているので、JWを辞めた後は、元1世と違って自分の戻るべき世界がどこにも無いので、みんな頭と心がごちゃごちゃに壊れます。
私もぐちゃぐちゃに頭と心が壊れていた長い長い時代がありました。でも、過去にそんな時代があっても、おやじの年になるまでだらだら生きてると、それなりに自分のトラウマを自分で解決できちゃうんですよね。
ここではJWの過去の出来事について語るわけですがの、過去にいろいろな事実はあったんですが、それを知っている人は、いちいち私が言わなくても全部知っている話しなんですよ。でも、当時JW組織にいなかったためにその事実を知らない人は、いくら説明されても信じたくない話しでしょう。そういう過去の事実を信じたくない人に、いくら私が口を酸っぱくして説明しても絶対に信じないと思います。
私は宗教を信じている人間とはそういうものだと思っていますので、そういう人達を相手にしません。真面目に相手をすると私が疲れちゃいますからね。
そして、過去の話をする時、JWの過去にはこういう事実がありましたって暴露話にしちゃうと、当然その証拠を出せって話になります。しかし、JW組織には頭がいい人が揃っていますから、過去の証拠なんかとっくに処分して残っていませんし、個人で過去を証明する証拠を集めるには限界があります。
だから、JWの過去の暴露話にしないで、過去の事実があった時に、当時の自分が何を感じたか。そして時間がたった今の自分がそれをどう思うか。そんな感じで話を展開しています。
小説を書く世界には、「事実は一つ、解釈はいっぱい」と言う言葉があるそうです。 織田信長、豊臣秀吉、徳川家康、この3人の本は過去に山のように出版されていて、もう書くことは何もないんじゃないかと思いますが、それでも、これから先、延々と出版され続けて行く事でしょう。
それは、過去の事実は一つで、それは絶対に動かせない事実ではあるけれど、それを人がどう受け止めるかでいろいろな解釈が成立するからだと思います。
私も「事実は一つ、解釈はいっぱい」の考え方で、私の体験した事実を、過去の事実の証明目的ではなく、その事実を当時の私がどう受け止めたか、そして今の私がそれをどう考えるか、という視点で書いています。
今の私はJWのくびきから完全に解放されて、只の一般人になっています。そして、私にとってのJWとは、1973年までのJWでしかなくて、1980年代から変質した、今の組織崇拝宗教のJWではありません
でも、JWって変わっていないところは昔のまんまなんですね。
私は気が向くと、たまに日曜日の王国会館に遊びに行ったりするんですが、私のいた30年前に比べると、枝葉の部分で変更はあったかもしれませんが、基本的な事はほとんど変わっていませんね。
つい最近JWを辞めたばかりの人から話を聞いたり、自分が実際に王国会館に行って見てみると、教理の変更はあっても、JW内部で展開されている組織運営と人間関係の基本的部分は同じように感じます。変わったのは、会衆内の世代交代が進んで、昔風の真面目人間ではなく、今風の真面目人間が存在する世界になっただけのように感じます。
私の頭の中はもう完全に一般人になっていますが、一般人の視点からそういう事実を見れる私は、もしかしたら一般人と元2世の通訳的存在か?なんて思う時もあります。でも、世の中にはそう言う奴が一人位いても面白いだろうなって思いますよ。
私の経験は、「生まれる家を間違えるとこんなに運の悪い事になるよ」って、見本みたいな話なんですが、そんな私の昔の経験と、JWが原因で起きた自分の心のトラウマを解決した話を、無駄話をメインにしてマイペースで書いていきます。
私にとって、今までの自分の経験は、別に人に自慢するような話じゃないし、お涙ちょうだい式に同情を買う話でもない。ただ毎日毎日一生懸命生きてきた結果でしかないんですが、私の経験を元JW経験者に話すと、不思議な事に、聞いた人が元気になる経験のようです。
インターネットで発言していると、いろいろと実社会とのつながりが出来てきます。そういうご縁で、JWのせいで心が壊れたり混乱した人達の心の回復や、心を癒す目的の場、というのがありまして、そこの人達が私の現役時代の経験を聞きたいなんて言う、「あんたら物好きにも程があるぞ」ってお誘いを受けることもあります。 そして私も好奇心旺盛な方ですから、そう言うときは、けっこう気楽にほいほいお出かけしちゃいます。
私は自分の事は気楽に喋れる性格ですから、そういう集まりの場でも気楽に自分の昔話をするんですが、そんな時に「お涙ちょうだい式」で、他人の同情を買うように喋ると、間違いなく後になって自分が惨めな気分になって落ち込みますね。 だから単純に、「昔しんどかったけど、今は元気だよ」って感じで、冗談を交えながら軽く話す事にしています。
そんな私の軽い冗談交じりの昔の話を、JWを辞めたばかり元姉妹達に話すと、「やっぱりエホバの証人を辞めてよかったー!」とか言い出すんですが、そう言われても、それを話している私の方が「何故? そう言われても私には全然わからないよ」って状態になります。
そして、「よくご無事で、」なんて言われると、逆に私が混乱しちゃって、「えー? なんでー? あの状況で、あれしか選択できない状況だから、ああするしかなかったわけで、ああいう状況にさらされたら誰でもそうするしか無いんじゃないの?」って思うんですが、どうも普通の人には私の経験は想定外の出来事のようです。
そのうえ、私の経験は複雑ですから、ざっと簡単に話して30分、じっくり話すと軽く4時間はかかってしまいます。それを初めて会った人にいちいち最初から順番に話すのもマジでめんどくさくて、同じ話を毎回毎回話すのに自分が飽きてしまいました。だから最近は、頼まれても話すのがめんどくさいのでお断りする事にしています。
しかし、JWのせいで心が壊れた人達の心を癒す場、というものが今の世の中に実際に存在する事を考えると、私が今までそう言う場で喋ってきた、自分の過去の恥をさらすことが、私の知らない人達のお役に立つのであればそれもいいかなと思ってこのサイトを立ち上げました。
ここを読んでくれた人が、
昨日の自分よりほんの少しだけ元気になってくれればいいなって思います。
ゆーじ
2002/02/16