【参考1】
1975年のハルマゲドン予言がはずれて信者が大激減して、それまで100人いた会衆が10人位に減り、JW組織の特別開拓者の大量投入により数年後には120人以上に戻った会衆もあったりして、一時的に減った信者数が爆発的に増加してからは、会衆は分会に継ぐ分会で増加して、そのおかげで、それまでの古きよきアメリカ的な会衆内の伝統的な雰囲気が断ち切られ、極めて日本的な会衆の雰囲気に変わってしまう。昔は米軍立川基地のアメリカ人会衆と日本人の会衆の雰囲気はほぼ同じだったが、今はアメリカの会衆に参加した経験のある人が日本の会衆に参加すると、その雰囲気の違いにたまげるようになる。

そして会衆の増加により分会に継ぐ分会で、初期の信者たちが時間をかけて作った良き伝統が断ち切られ、会衆ごとにルールが違うローカルルールが増え始めた80年代以降には、60〜70年代のムチを指導できる姉妹の数が足りなくなり、最初の頃のムチを全然知らない信者が増えて、ムチの解釈の地域差が激しい時代になり、20発制限が無くなり、1回のムチが100発以上OKの時代になり、ムチの後に抱きしめるのもどこかに消えて、体罰ならなんでもいい時代になる。そのため、この時代に育った元2世の中には、ムチの後、親に抱きしめられた経験の無い人もいる。

信者が増加しすぎてからはムチの解釈がエスカレートして、逆さずりにした子供を頭から浴槽の水の中に長時間漬けたり、ムチの後、裸にして頭から冷水をかけて寒空の外に放り出す式の、「問題のある子供は死ぬ寸前まで訓練(ムチ)すれば正しいエホバの証人になれる」という、一般人には絶対に理解不能な、幼児虐待、児童虐待も、エホバへの信仰のために全て許される時代になる。
(1993年11月、ムチによる死亡事件発生)

その後は子供の訓練方針が変更になり、(つーかムチの問題に気が付いた組織が信者を再教育して本来のムチに戻した?)最近は成長した2世達が組織を離れないようにするために縛りをかなり緩めた。その他の理由として、昔のように蝋人形のようにおとなしい従順な2世の子供達を見た一般人や新人研究生がそれに対して何も魅力を感じなくなり、逆におとなしすぎる子供達を不審に思う時代に変わってきたので、厳しく育てると信者が減るようになったのも理由の一つと思われる。昔は親子伝道は基本中の基本だったが、最近は親子伝道をあまり見かけないのはそのためと思われる。

【参考2】
なぜパンツを下げるのか?

日本で手に入るムチの本は、ほとんどが拷問,迫害,SM関係の本で、聖書をベースにムチで叩かれた後の子供の精神状態を解説した本など手に入らないので、自分の経験だけをベースにした想像になるのだが、昼のTVでヨーロッパのマイナー映画が放映されるのを見ていると、真面目な宗教的映画で、自分からパンツを下げてムチで打たれるのは、キリスト教の修道僧や修道女がほとんどで、打たれる理由は、異性に欲情した自分の心を諫める目的で画かれている。推察するに、キリスト教世界の何世紀もの伝統で、性に対する欲望を諫めるには、自分からパンツを下げて、上司や同僚にムチで叩いてもらう式のムチは非常に効果的な方法であったと思われる。

しかし、修道僧や修道女は自分の頭で考えて自主的に信仰を持ち、自分から志願して修道院に入って世との接触を断った男女であるので、この、自分で考えた上で上司や同僚にお願いして、自分で自分のパンツを下げてお尻をムチで叩いてもらう式のムチは、JWのムチと形としては似ているが意味がぜんぜん違いすぎる。この修道院の伝統的ムチの方法を、信仰を必要としているかどうかもわかっていない幼い子供に強制的に流用するのはそもそも無理がある。

子供の場合、パンツを下げることにより自尊心と羞恥心が必要以上に刺激され、性に対して異常な罪悪感を持ち、大人になってから、私のように異性に興味を持ちすぎて軟派師になるか、逆に異性に対して恐怖心を感じて結婚に縁がないとか、結婚しても結婚生活がうまくいかないなどの悩みを、オフ会で元2世達から多数聞いている。

【おまけ】
80年代以降のムチの種類の中の、自動車牽引用ワイヤーロープを短く切ったムチ(針金をよりあわせて作ったワイヤーをビニールでコーティングした直径20mm位長さ1m位のムチ)についてですが、海上自衛隊経験のある私はこれを聞いてあきれました。

19歳で海上自衛隊に入隊し、横須賀教育隊で新隊員教育を受けていた時に、戦争経験者で軍医上がりの片足の医官から座学を受けた時に聞いた話ですが、明治時代から終戦までの旧日本海軍では、いくさに強い兵を作るために、上級兵による下級兵に対する私的制裁はおおっぴらに黙認されていて、下級兵が集団責任でムチをされる事を「整列」と呼んでいました。「整列」では、顔を鉄拳で殴るのはビンタ、尻にムチをするのはバッタと呼ばれていて、海軍精神注入棒と呼ばれるムチで行われていました。(もちろんパンツは下げません、作業ズボンの上からです)

旧海軍のムチの種類は、野球のバット、内絃マッチと呼ばれる掃除用のモップの柄、クランジパイプ(消火用ホースの筒先や鉄パイプ)などで行われていましたが、軍医命令により一つだけ禁止されていたムチがあります。それはフレキシブル・ワイヤーと言う物で、水兵の白い作業服が汚れないように、布を巻き付けたワイヤーロープで尻を打つ事です。

「整列」の時にフレキシブル・ワイヤーでムチをすると、運が悪い場合、先端が前に回り込んで陰部を直撃して、陰茎や陰嚢を潰し、2度と子供を作れない体になってしまいます。海軍では強い兵を作るために私的制裁を黙認していましたが、兵を廃兵にしてしまうのは本末転倒なので、フレキシブル・ワイヤーによるムチは禁止で、その禁を破って叩かれた兵が怪我をした場合、加害者は海軍刑務所行きでした。

訓練中の事故や戦争で人が死んでも許される旧日本海軍でさえ禁止していた「整列」時のフレキシブル・ワイヤーのムチを許すJWっていったい何?


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